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広島県 大久野島  

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今年の春に行った広島県、大久野島のレポです。訳あって今頃のUPとなってしまいました。




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大久野島は広島県忠海町の沖に浮かぶ、周囲は4キロメートルの島全体が国民休暇村になっている小さな島です。
地元ではきっと誰しも、行った事のある身近な島。
私も小さな頃は家族や知り合いとよく行きましたし、高校の時は遠足で行きました。
なぜか制服のまま泳ぎ、べちゃべちゃで帰った記憶があります。
調子乗ってたんでしょうね〜・・・(恥)

ここ、大久野島は、芸予要塞の一角として砲台などが設置され、その後は陸軍の、化学兵器の生産拠点になりました。
ここで毒ガス製造も行われた事から、別名『毒ガス島』と呼ばれ、島のあちこちに当時の跡が残されています。

きれいな海とはほど遠い、威圧感のある廃屋や跡地が残っています。


『発電所跡』
機材が設置してあったのが想像出来る。巨大な廃屋内は意外と明るくて、怖さよりもモダンな設計に目を奪われる感じ。でも立ち入り禁止なので注意が必要。壁にかかれた心ない落書きがけっこう目に付く。
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『北部砲台跡』他、南部砲台 中部砲台跡があります。


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北部砲台の塀を乗り越えると、これまた瀬戸内の絶景にあえます。やっぱり、戦時中の跡により、何となく気が沈みがちですが、何度も海のきれいさに感動し,テンションを保ちながら進みます。
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『北部砲台広場跡』
ここから山道を上がれば中部砲台跡地へ。私たちはひよがトイレへ行きたがったので、上へは上がらずそのまま海岸線におり、『長浦貯蔵庫跡』から休暇村ホテルの方へ帰りました。


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『長浦貯蔵庫跡』
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c0151875_025304.jpgc0151875_0255421.jpgc0151875_0261174.jpg日清・日露戦争の際、広島・呉という二大軍事都市の防衛のため、瀬戸内海の島々には砲台が設置された。大久野島は周囲4kmの何の変哲もない小島であったが、1902年、芸予要塞と称して北部・中部・南部の三カ所に砲台が建設され、合計16門が設置された。結局この砲台は使用されることなく廃止され、入れ替わる形で1929年に毒ガス工場「陸軍造兵廠火工廠忠海製造所」が建設され1945年の敗戦まで生産を続けた。日本軍が実戦に使用した毒ガスは全て大久野島で生産されたもので、主に中国大陸で使用されたとされるが、国際法に違反する非人道兵器ということで詳細は不明。秘密のため地図からこの島が消されていたというエピソードは有名だ。戦後、米軍などの手で施設はことごとく破壊されたが、まだ一部が残っている。(大久野島関連記事より)

色々考えさせられる島、高校の遠足にも行ったはず・・・なのに記憶が曖昧。
地元が広島なので、小学生の時から原爆や戦争のことは、学習する時間も多かったけど、一方向からの教育というか、被害者である方向からの教育が多かったのが現実。
数年前に韓国に旅行に行ったときに、『独立門』を訪れた時、反対側の日本をまじまじと見せつけられ、とてもショックを受けた。この島で起こった事も同じ。ただ、ここにも、加害者だけの立場だけでなく、雇用された人々の被害も知り、何とも重い現実を知りました。
とにかく一般的な言葉しか出ないけど、平和が一番です・・・。
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by piyostar | 2010-06-12 00:54 |